大阪府に生まれる。
8月8日の末広がり生まれだが、忌み児として誕生。
幼少期の奇行として、2歳で唐突に絵本を読み始める。未就学児の頃から図鑑や聖書などに異常な興味を抱き、「生きることとは?」などを思考していた。
そのため知能テストを受け、論理能力で満点を取るなど、異常な高数値を記録する。
幼少期のあだ名は「コナンくん」。
大人の前と同級生の前で口調が変わったり、歌が下手だったことが、その理由である。
手塚治虫、藤子不二雄、やなせたかしに憧れ、漫画を描き始める。
生母が夜中にリビングでこっそり観ていた徳永英明さんのミュージックビデオを観て感動する。
「こんなに美しい声と容姿の男性がいるんだ」と衝撃を受け、徳永英明さんに惚れ込む。
その作品や世界観にも傾倒し、価値観と人生が転換。
漫画を描くことをやめ、祖母に買ってもらったギターとキーボードで作詞作曲を始める。
生母と折り合いが悪く、離れて暮らすために芸能の仕事を始める。
所属事務所の社長が徳永英明さんの大ファンで、さまざまな資料を提供してもらい、よだれを垂らしながら読み漁り、鑑賞する。
世界の闇の真相を暴露する発言をテレビ番組でしてしまい、業界の闇と大人の事情によって芸能界から干される。
銀座で事業を行う育ての父と出会い、彼の家業を手伝いながら東京で暮らす。
路上ライブでトー横キッズ的な人気を得て、全国武者修行を行ったのもこの頃。
インディーズレーベルから全国区デビューを果たす。
しかし、周囲の音楽仲間から嫉妬による嫌がらせを受け、鬱病を発症。
現在も鬱病と共存している。
そのため、音楽活動を無期限休止する。
高卒認定を取得。
堀江貴文さんの影響でビジネスに興味を持つ。
ライブドア社の新規事業コンクールにて入賞。
駅前で占い師を始める。
地元の高校生やその家族が列を成し、大ブレイクする。
しかし、どれだけアドバイスをしても実行しない大衆に嫌気が差し、占い師を辞める。
その頃、経営の神様的な人物に弟子入りし、経営コンサルタントの真似事を始める。
WEB事業を自営で開始。
自営を続けながら、後見人でもある育ての父が体調を崩したため、会社の手伝いを再開する。
週末に静岡へ滞在し、路上ライブを本格的に再開したのもこの頃。
育ての父が設立した新会社の取締役および発起人となる。
東日本大震災の影響で、自らの自営業が大きく傾く。
自営業を一時休業し、復興支援活動をしながら、全国をギター弾き語りで巡り始める。
7月
自営業が大きく崩壊し、ほぼ全財産を失う。
住んでいた部屋、へそくり5万円、MacBook、通信契約のないiPhone以外は、ほぼすべて失う。
8月
派遣会社の幹部候補として、営業所を一つ任される。
旧友が貸していたギターを返してくれたため、仕事終わりに駅前で路上ライブを始める。
ファンが登録スタッフとなり、非常に強固なスタッフ陣が生まれ、営業所の売り上げが倍増する。
11月
その成果を妬んだ古株社員の佞言により、社長と喧嘩になったため退職する。
CD-Rを焼きながら、路上ライブ生活を開始。
12月
「交通費の10倍を稼いだら移動できる」というルールで旅を行い、初めて宇都宮まで到達する。
5月
YouTube事業を始めるが、コケる。
しかし、再び川越の少年少女のカリスマとなり、約1年間、路上ライブをしながら質素倹約な生活を送る。
この頃から楽曲配信サービスで楽曲配信を開始。
「焼肉食べ放題の歌」がスマッシュヒットする。
関連動画:
4月
齋藤君(仮名)とYouTube企画「戦国島流し」を開始。
サイコロを2つ振り、関東の主要都市へ飛ばされ、帰ってくるために路上ライブで交通費の10倍を稼ぐという企画。
この企画によって、さまざまな場所で路上ライブを行う度胸が養われる。
8月
結婚したいほど好きだった女性に振られる。
10月
一念発起し、本州最北端の県庁所在地である盛岡まで、交通費の10倍を稼ぎながら北上する企画を齋藤君(仮名)と開始。
10日で盛岡へ到着する。
関連動画:
12月
某異業種交流会で、この旅の経験を話す。
その場に参加していた企業の一つとコラボレーションを開始。
その企業が派遣会社を買収したばかりだったため、幹部として会社運営に参加する。
会社を運営しながら、全国武者修行を気まぐれに行う。
シングルCD「こもれび」をリリース。
「戦国島流し」を全国規模に拡大した「地獄篇」を開始。
札幌、鹿児島、山形、新潟、博多などを冒険する。
この時期に、伝説であった青森県を発見。
さらに、岩手県と青森県の間に存在する幻の理想郷、八戸を発見する。
八戸で暴れていた酔っ払いを制圧したのもこの頃。
この旅の過程で、生涯の友でありライバルでもある三浦コースケと出会う。
また、伝説のボーカリスト、博多のSAMと出会い、師事する。
派遣スタッフを雑に扱う社長と経営方針をめぐって対立。
会社を退職し、パーティー三昧の日々を過ごす。
8月末日
銀座での路上ライブを開始。
3月
鹿児島で出会ったファンの方が病気で先が長くないと聞き、励ますためにコロナ禍の最中に冒険へ出発。
「前田純之助」と名を変え、諸國漫遊お忍び武者修行の旅を行う。
なお、そのファンの方は一命を取り留め、現在も元気に暮らしている。
10月
聖士郎さんが実家を手放すことになったため、再び前田純之助として別府を目指して冒険へ出発。
そのついでに鹿児島にも立ち寄る。
アルバイトをしながら、川越での路上ライブ活動を再開。
ユカえもんや栗まろ(栗えもん)のプロデュースを始める。
関連楽曲:
ユカえもん ♪ Apple Musicで聴く
栗まろ(栗えもん) ♪ Apple Musicで聴く
「アレキサンドリアニート計画」が成功し、サブスクリプション総再生数5,000万回を達成。
実家に帰った齋藤君(仮名)に会いに行くため、「ストリートレース」を開始。
約10日で釧路に到着する。
この時、青春18きっぷの利用期間を勘違いしていたため、初の敗北の危機を迎える。
しかし、「苫小牧の奇跡」により不敗神話を継続する。
徳永英明さんのツアーをすべて追いかける企画を開始。
ほとんどのコンサートに参戦する。
12月
路上ライブ月間売上記録のキャリアハイを達成。
三浦コースケとの二人会を複数回開催。
4月
1日の投げ銭最高記録を更新。
現在もキャリアハイとなっている。
10月
キャッシュレス投げ銭第1号は某有名人。
年間100本塁打を突破。
ファンクラブの試験運用を開始。
ファンクラブを正式に発足。
2枚組アルバム「succession」をリリースに向けて制作中。
あわせて、以下の作品を制作している。
徳永英明さんカバーアルバム「tribute of respect」
小松純也ベストアルバム「僕が居た世界 君と居た時間」